(一年以上前に書いた小話をちょこっと修正したやつ。燭台切光忠とオリジナル審神者が少し話をしているだけ。短い。つまらない。絡んでない。)
暗闇が褪せていく、天井がその中から輪郭を現し、無数の染みを描く。
これは…見覚えのある風景だ。
「起きたな?」
聞き覚えのある声が響いて、やっと足場を見つけ出したように、彼は本当の意味で目を覚ました。
また綺麗と、讃われるのは
「僕は…」
「怪我で倒れたろ、長谷部や大倶利伽羅に運ばれたの、覚えてるか。」
「そういえば…カッコ悪い姿を見せてしまったようだ、彼らにも、主にも。申し訳がたたないね。」
「…あんたほんっとうぶれないな。」
手入れ部屋にはいつも二組以上の布団が敷いてある。修理をしている間、刀たちはこの部屋から出ることが出来ないから、手入れは出来る限り睡眠を取る時にするというのは主の主張らしい。外は少々暗くなってしまったらしく、昼過ぎに出陣してたから、かなり時間が掛かっていたと見える。そう思って上体を起したら、自分が半裸になっていることに気付く。腹辺りにガッチリ包帯が巻かれていて、一目で治療の為に脱がされたのが分かった。すると、「すまねぇな」と主が言い出した、「脱いでもらわんと手入れも上手く出来ない状態だったんだ、あんたぁまだ眠ってるし、勝手にやらせてもらった」と。
「構わないよ。ちょっと格好つかないけどね。」
「そう言うと思った。が、もう一つ詫びねばならんことがあってな。」
そう言って、主は手入れ用具が置かれていた小さな卓袱台から、一片の黒い布を手に取った。それは燭台切光忠がいつも持ち歩いていた物、恐らく激しい戦闘の合間に紐が解いていたんだろう、彼の右目を覆い隠すはずのその眼帯は、今じゃその責務から離れ、何の意味も持たぬただの布となった。
「まだ使えるが、そういう問題じゃないだろう。ここに入った時はまだお前がきちんと付けていたが、手入れ途中でうっかりおこっちまってな。治療に必要な手順じゃないから、一応謝っておこうと思って…すまんな。」
その言葉を多少不思議のように思えたのか、光忠は思わず聞き返した、「どうして謝ろうとしたの?別にどうでもいいのに。」
「人には見せたくないもんだろう、それ。」
そう言って主が指をさすのは、彼自身の右目だった。朝で身支度をする度に鏡越しに見えるそこは、周りの皮膚とは違い、黒焦げた色をしていた。焼け爛れた傷は他にもあるが、服で覆い隠せるので、顔についてるそこだけが少し面倒くさかった。
こういう傷を晒されていては流石に格好がつかないと思って覆い隠していたが、ちょっと心配させ過ぎたかな。そう思い、「傷は苦手かい?」と、軽るい口調で聞いてみた。そしたら、「いや」という返事を貰った、「むしろ逆だ」と。
「逆?」
「あぁ。俺は傷が好きだ。ていうか、傷跡がな、とても好きなんだ。」
「傷跡?」
「そうだ。まぁ、他人を傷つけるのが好きとか、そういう類の話じゃないんだ。俺が好きなのは、傷が確かにそこにあったっていう証、それから何より、その傷を受け止め、自分を丁寧に整い、見事に立ち上がった姿のことさ。」
「あんたみたいな奴のことだな」と笑いかけて、主はゆるりとそう告げた。
「…綺麗な告白だね。」
「ははは、そう取って貰って構わんが、俺にそういう趣味はないぞ?」
「分かってるよ、ただの冗談。」
主から眼帯を受け取り、慣れた手付きでそれを付け直したら、主は目を伏せて、穏やかに綴った。
「傷が塞がらない奴は結構いるさ。トラウマになってる奴もそこら中に転がってる。それらを最初っからまったくもって気にせん奴もいれば、頑なに閉じ込められた奴もいる。傷に立ち塞がって進めなくなる奴は、それこそ数え知れないほど…その中で、あんたは本当に綺麗な一振りだよ。重みを抱えて尚、サクサク前へ進むって感じで。」
「…そんな印象になるとはね…」驚きがましたのか、その言葉に感心はおろか、呆れさえも混じっていた、「別に買い被ってもらって構わないけど…多分きみが思ってる程いいものじゃないと思うよ?」
「褒めてんだ、素直に受け取れ。」
体を起し、主は襖へ足を向けて、そしてもう一言付け加えた。
「そうだな…お前の言い方だと、かっこいい、ってとこか。」
そうして襖を開けると、光も闇もなく、夜風と伴う穏やかさだけが伝わってきた。その緩やかな音と景色を受け入り、光忠は軽く片目を細めた。
「…食後のおやつ、僕がずんだ餅を作ろっか。元の主はこれが得意なんだ。」
「ほう、そりゃいい楽しみが出来たな。」
ー完ー